9周年おめでとう!
今からちょうど9年前にHey!Say!JUMPのデビュー曲「Ultra Music Power」が発売された。Hey!Say!JUMPはV6、嵐、NEWSに次ぐワールドカップバレースペシャルサポーター、この曲はそのイメージソング。同年9月24日に横浜アリーナにて結成記者会見が行われ、12月22日には東京ドームでHey!Say!JUMP初の単独コンサート。エリート集団の華やかなデビュー。
王道アイドル路線を行くHey!Say!JUMPだが、まあそんな華やかさの裏ではそれなりの苦労がある。そこがドラマチックでジャニヲタ的におもしろいのだ。最近はTV誌やアイドル誌にて10周年に向けての特集が多く組まれていて、メンバーのコメントを聞く機会が多い。今日は、それを分かりやすくターニングポイントごとにまとめていきたい。
2007:デビュー
伊野尾「このメンバーでデビューしたこと自体、運命的な出会いだったんだな、って」
山田「デビューを発表したときの横浜アリーナの景色って今でも鮮明に覚えてる。幕の後ろでみんなすげー緊張しながらスタンバイして、サプライズでステージに上がったあの瞬間はやっぱり鮮烈だった」
ザ テレビジョン colors
Jrグループの解体や先輩グループを抜かしてのデビューは同期たちとの亀裂も生み、大ちゃん曰く「アウェー感」。
2009:2回目の単独東京ドーム
有岡「2回目だったからか、客席を見渡す余裕も出てきたんだよね。俺も感動しちゃったし、メンバーもみんな泣いててさ、グループの団結を感じた」
ザ テレビジョン
キスマイなどの先輩に席を埋めてもらっていて、それでも二階席が無かった1回目の東京ドーム。2008年にシングル曲を3曲リリースし成長した二回目の東京ドーム。うぅ泣
2009年:CDリリースなし
薮「CDのリリースが全然なくて。正直、セットリストを作るにも曲がねぇな⁉︎ってなったこともあった(笑)〜あのときのアイデアを大事にコンサートを作っていたからこそ、今のJUMPにつながってるんだと思う」
ザ テレビジョン
薮「『どうなっちゃうんだろう』って正直不安に思ったこともあった」
髙木「レギュラーで出させてもらってるアイドル誌の取材しか仕事がない月もあったしね」
八乙女「あった、あった一週間全くメンバーに会わない週とかもあった(笑)。でも、そういうときを経て強くなった部分もあるよね」ザ テレビジョン colors
ツアーを年3回くらいなさっていたJUMPさん。質の高い”今会えるアイドルみ”が強い。このころは本当にグループのメディア出演が無かった…。
2010年:シングル2曲リリース
中島「意識が生まれたのって『瞳のスクリーン』くらいからだよね。まだ小さかったけど、かっこいい曲を歌い始めてダンスをそろえようっていう気持ちが芽生えてきた」
知念「次にリリースした「『ありがとう〜世界のどこにいても〜』はどうやって踊りで魅せるかみんなで意見を出し合ったり」
有岡「『ありがとう』はMVを見て褒めてくれた方が多かったんだよね。ダンサーの方とかジャニーズの先輩もそうだしKis-My Ft2からも「いいね」って言ってもらえて。そこから、よりダンスを意識するようになった」
髙木「『JUMPといえばフォーメーションダンス』って言ってもらえるようになろうって。とにかくそろえることに意識を持っていったんだよね」有岡「そうそう。それまでは個性を大事にしてたけど、個性よりもそろえることを意識しよう、って。手や足の角度もそうだし、止まるタイミングもそう」
髙木「個性を捨てるって言い方はおかしいかもしれないけど、もともとあった癖とかをできるだけ取っ払って、必死にそろえた。そのときがあったから、今、ダンスが武器っていえるグループになれたと思う」ザ テレビジョン colors
有岡『「ありがとう」〜世界のどこにいても〜』がJUMPの転機になった1曲かなと思うんだ
知念「いろんな人からJUMPのダンスをほめてもらえたね」
ポポロ
_______10年のシングル「『ありがとう』〜世界のどこにいても〜」あたりから、目に見えて変わったような
髙木「そうそう、それくらいからだね。グループのダンスを褒めてもらえることも増えて、みんなの頑張ろうって気持ちもより強くなった。今もそれは変わらないし、9人が同じ方向を向けている気がする」
伊野尾「俺は気持ちの面で変化を感じるかな。それぞれが仕事を積み重ねる中でできた9人の関係性の深みだったり、信頼だったり。それって滲み出るものだから、JUMPを見た時の面白さに絶対現れるはず。それもある種のスキルじゃないかなと思う」
岡本「そうだね.ちょっと個人的な話になるけど…グループに入る前まで1人で行動することが多かったの。でも、JUMPのみんなに人と支え合うっていうことを教わって、人間的に成長できた気がする」TVガイド Alpha
コンサートで培ってきたダンススキルを遺憾なく発揮。本格的に揃ったダンスに力を入れ始めた時。
2013年:全国へJUMPツアー
山田「本来ならお客さんが入るであろう席が風船で埋められててさ。きっとお客さんが入らなかったんだなっていうのが目に見えて分かって。俺たちにはまだドーム公演は早いんだって思い知らされた気がしたんだよね。〜あの公演を機に全員で初の話し合いをしたんだよね」
ザ テレビジョン
JUMPさん最大規模の全国ツアー。地方公演が多かったため東京ドーム公演に人が集まらず、当時のチケ相場は映画より安い感じでした。リアルに道でチケ配ってました。ジャンピングシートとかスカイステージとか(笑)
2013年:Ride With Me発売
岡本「より大人っぽい表現ができるようになった気がする。ちょうど20歳のときだったから、すごくうれしかったんだよね」
ザ テレビジョン colors
有岡「11作目の『Ride With Me』はメンバーも気合いが入る1曲だと思う」
ポポロ
祝!JUMPメンバー全員成人。カレーCMがスタートし徐々にJUMPが押され始めた頃。RWMは第二のデビュー曲と呼ばれ、特典なし3形態での実力勝負に出ました。
2014年:smartツアー
知念「(2013の)経験があって細かいところまで自分たちのアイデアが実現できるようになった」
ザ テレビジョン
smartの特徴はメンバーの作った曲やメンバーのアイデアがたくさん組み込まれているところ。メンバーがアルバム名をつけたり、コンサートの構成を考えたのもこれが最初と言える。
2015-2016:単独カウントダウン
伊野尾「ステージの上で9人とファンの皆さんと一緒に新年迎えられるなんてね。感慨深いいものがあったな」
中島「うん!お客さんもすごく盛り上がってくれたしね さらなる意識の強化というか『ここからJUMPがさらに盛り上がっていくんだな』って実感できて本当にうれしかった」
髙木「ね。カウントダウン後、食事に行って話し合えたのも良かったと思う。こうしてまたライブをするためには、今頑張るしかないって一つになれたことは大きかった」ザ テレビジョン colors
この年の飛躍はすごかった。うん。伊野尾革命('A`)
2016年:年3曲シングルリリース
薮「ことしは1年にシングルを3枚も出させてもらえる。それは当たり前なんかじゃなくてすごく恵まれてることだと思うから、1曲1曲大事に歌っていきたい」
ザ テレビジョン colors
山田「今年はまさかの出来事ばっかりで、嬉しすぎて俺、ちょっと不安だもん(笑)」
ザ テレビジョン
メンバー主演映画が年3本とか、エースが月9とか、いのちゃんがレギュラー持つとか、爆推しHey!Say!JUMP…
________
やっぱり2011年〜2012年くらいのお話は少ないですね。メンバーの脱退や節電の中行われたサマリー2011や、Hey!Say!JUMP初座長の舞台ジャニーズワールド、山田くんソロのお話…。濃密な2年間のお話もいつかゆっくり聞かせてくださいな。(ただ単に私がその頃のJUMPさん好きなだけ)
あと「Live With Me 2015 in東京ドーム」とかの存在が忘れられてる感ね(笑)
改めて9周年おめでとうございます。記念すべき10周年イヤー突入するJUMPさん。これからも仕事仲間でよきライバルでありながら親友で家族な素敵な関係を大切に、周りに左右されずJUMPらしい歩調で歩いていって欲しいです。
We Go To The Top!!!!!